report_1_fion//海の向こうへ

車が止まったので起きると、窓から知らない海が見えました。
外に出ると粒素が濃いのかちょっと肌がぴりぴりするし、雲も分厚くてたまに赤い稲妻みたいなのが見えます。
「ここってどこですか」
「ベネズエラ」
信濃さんの声がかえってきました。ぼくより先に車から降りて、箱と紐で何かを組み立てる準備をしています。
その横でアーチャーフィッシュさんがファイバー・ディスプレイを地面に広げていました。
「『ラヨ』の座標に変更なしか?」
「うん、最終更新は1時間前だけど、全然動いてないよ」
『ラヨ』というのは、ぼくたちが探している超大型ナヴカスールです。
ナヴカスールは大きくて建物ぐらいあるけど、それよりもさらに大きくて、襲われたら多分死ぬやつです。
「あの、本当に『ラヨ』が『マスターキー』をもってるんですよね」
「そうだよ。たぶん、この距離だったらフィンくんにもわかるとおもうんだけど、できる?」
「やってみる・・・」
アーチャーフィッシュさんが海の向こうを指さします。
ぼくはそっちから何か感じ取れますように、と願いながら目を閉じました。
本当に感じ取れてるかわからないけど、ぼんやり黄色っぽく光ってるような気がしました。
「ちょっと光ってる、かも・・・?」
ぼくのふんわりした答えに、アーチャーフィッシュさんは困ったような笑顔を見せました。
「粒素感知は訓練しないと難しいよね……でも計測器では同じ波長を受け取ってるから、間違いないと思うんだ」
アーチャーフィッシュさんのいう計測器は、ぼくの粒紋を参考に『マスターキー』の粒紋を探して位置を特定するものです。なんで同じなのかは知らないです。アーチャーフィッシュさんがいうには、『マスターキー』はちょっとキラキラした感じの粒紋をしてるから、同じ粒紋相の存在が見つけやすいようになってるような感じらしいです。なぜかというと、『マスターキー』はなんでも願いを叶えてくれるすごい物なので、同じぐらいすごい存在じゃないと使えないようになってるそうなんです。
同じぐらいすごい存在っていうのは、アルカスと似てる粒紋を持ってる存在ってことで、つまりぼくです。
ぼくは別にすごくないし、首から下はないし、『マスターキー』のことだって信濃さんに教えてもらうまで知らないし、あんまり頭もよくないです。
『マスターキー』を使ったらやりたいことだって、『みんなが辛い思いをしなくて、おやついっぱい食べて幸せになれる世界になりますように』とか、そんなのです。
なので、やっぱりこう考えちゃいます。
「『マスターキー』って、本当にぼくが使えるのかな」
素直に疑問を口にすると、作業していた信濃さんが立ち上がってぼくの方に来て、ぼくのおでこを軽くでこぴんしました。
軽くても大きい船のでこぴんなので、ぼくはちょっとうしろによろけました。
「確実だから連れてきたんだろうが。意地でも使ってもらうからな」
色つき眼鏡の下から、皮膚の色をした液体がぼたぼたこぼれてます。
ここはちょっとあったかいところだけど、船は汗をかかないし、信濃さんは疲れてるんだなと思いました。
「がんばります」
おでこをさすると、ちょっとだけ指先が濡れてちくちくしました。
溶けた部分がぼくの粒素に反応したんだとおもいます。
信濃さんは粒素のアレルギーらしくて、調子がよくないと身体が溶けだすそうです。
ぼくにもアーチャーフィッシュさんにも愛想がよくないけど、ずっと身体が痛くて余裕がないんだろうなってぼくは思ってます。たぶんアーチャーフィッシュさんもそう思ってます。
「あの、お手伝いいりますか」
作業に戻る信濃さんに声をかけると、黙って手招きされました。
何を作ってるかを聞くと、ソリだそうです。
ここから海の上を進んでドミニカ共和国ってとこにいくので、ぼくと荷物を乗せて引っ張るみたいです。
地図を見せてもらうと、途中の島に「アルバ」っていうところがあったので、アルバのことを思い出しました。
ディアくんにも、マルにも、ディアくんのお父さんにも、エムさんにも、みんなに黙って出てきちゃったのが、ちょっと申し訳なくなって、胸がちくちくしました。